淡中 圏の脳髄(永遠に工事中)

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The road to hell is paved with good intentions

安物のビニール傘をしっかり縛ろうと留め具を強く引っ張ったら紐がビローンと伸びて世の中にはもとに戻らない物もあるのだと思い知った

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安物のビニール傘をしっかり縛ろうと留め具を強く引っ張ったら紐がビローンと伸びて世の中にはもとに戻らない物もあるのだと思い知った

 雨が降り出して、彼女が

 「ごめん。あたし、雨に溶けるんだ」

 と寂しそうな、悲しそうな、そして何よりすまなそうな顔をして言ったとき、僕は彼女が何を言っているのか分からなくて、多分馬鹿みたいな顔をしていたと思う。あのとき僕が馬鹿な顔をしていなかったとして、例えば賢そうな顔をしていたとして、何かが良くなるわけじゃ少しもないんだけど、それでも僕はあのとき自分が馬鹿な顔をして彼女の瞳に映っていたであろうことを後悔し続けている。暗くて彼女の瞳に映った自分の顔は見えなかったけど、それで逆に想像の中の自分の間抜けな顔はますます間抜けになって、溶けていく彼女をただ茫然と眺めつづける。

 三日後、彼女の葬式。空っぽの棺桶を前にして、僕はどんな顔をすればいいのか分からない。多分、これから一生、どんな顔をすれば分からないまま生き続けていくのだろう。皆が当たり前のようにその場でするべき顔をしていることに耐えられなくなって、僕は祭儀場の外の、建物と建物の隙間に入って、喫えない煙草を喫っていた。その日も、雨が降り続いていた。彼女の父親が現れた。僕に会いにきたのだ、とすぐに分かった。彼は僕を殴った。殴り続けた。僕は、もしかしたら、彼が僕の顔をこの場にふさわしいように成形しなおしてくれるかもしれないと思って、されるがままにしておいた。彼は泣いていた。娘を殺した僕を恨んで泣いているだけでなく、娘が張り子の虎であることに気付けなかった自分も恨んで泣いていることに、僕は気付いた。確かに一枚一枚上等の和紙を丁寧に張り付け、破れないようにそうっと中から詰め物を取り出して完成させた中空の娘が張り子と気付くなんて、普通の親にはつらすぎるのであろう。痛みだけがこの世界で理解できる唯一の物であるような気がして、僕は危うく少し安心してしまいそうになっていた。

 空っぽの棺桶を燃やす空っぽの儀式が終わって、僕は空っぽの心ばかり抱えて帰路につく。出来たての顔の傷に雨がしみるのだけが、何だか現実ぽかった。黒い傘が少しずつばらけて行くなか、僕と同じように雨にうたれるままに歩いている姿が目に入った。その後ろ姿の、小さい背中をさらに小さくするような感じに見覚えがあったので追いかけてみると、それはNさんだった。僕はNさんが葬式の会場にいることにすら気付いていなかったので、少し驚いて話しかけた。二人で雨宿りのために喫茶店に入った。

 Nさんは、僕がかつて開いていた愚かな人類を改革するための定期会合に、メンバーの紹介でときどき顔を出していて知り合っていたのだった。しかしメンバーが皆まともな社会人になっていくとともに、会合が開かれることもまれになっていき、Nさんとも会うことは少なくなっていた。伝え聞いた話では、Nさんを引きいれたあの男、あいつも今では立派な勤め人だが、あいつと末長くお付き合いをしている筈だ。そこで僕は、そういえばあいつはどこだ、見かけなかったし、いるならNさんと一緒のはずだ、ということに気が付いた。Nさんにそのことを聞こうとするが、Nさんは暗い顔でコーヒーをくるくるかき回し続けるばかりで、なぜとはなく僕は話しかけにくかった。Nさんの様子に何か引っかかるものを感じたのだ。それでも何とか意を決して口を開こうとした瞬間、Nさんは、

 「彼ね……」

 とまるでコーヒーカップに話しかけるように俯いたまま呟いて、その後が続かない。彼、と言うのは間違いなくあいつのことであろう。あいつが何かしたのであろうか。そこまで考えて僕は、Nさんの様子のなにが変なのか、何が引っ掛かるのかにようやく思い当った。Nさんの服は雨だけでなく、血でびたびたになっていたのだった。僕は自分のことに精いっぱいで、普段だったら絶対に見落とさなかったであろうことも目に入っていなかったのだ。だから、常識的な考え方ではここで血塗れの服で葬式に出席したことの失礼さについてNさんに指摘するべきだったのかもしれないが、僕がそうはしなかったのも僕が冷静でなかったからなのかもしれない。僕はNさんが何か困ったことになっていると直観的に感じ、今考えると非常に自分らしくないことなのだが、Nさんの少し冷たい手を握って、

 「何があったか話してほしい」

 と話しかけた。

 スプーンが手から落ち、ソーサーに当たって冷たい音をたてた。Nさんは、驚いて目を真ん丸くして僕を見た後、すぐにまた俯いてしまい、今度はコーヒーカップよりもさらにテーブルの自分側に視線を引きよせた。しかしその一瞬に、今までちゃんと瞳を見たことがなかったが実は魅力的な目をしていることを見てとった。

 「彼ね……」

 雨の音だけが沈黙のカンヴァスを墨描きし、熱が二人の手を行き来して同じ温度になろうとするころ、Nさんは再び話しはじめた。顔を上げたNさんの澄んだブラウンの瞳に僕のせいいっぱい真面目な顔が移る。

 「水で増えるの……」

 僕は多分、また馬鹿な顔をしていたと思う。それは、どんな顔をしても馬鹿な顔に見えるようにこの世界が出来ているのが悪いんじゃないかと、いわれのない文句をこの世の中に言いたくなるくらいの、馬鹿な顔だった。そして今度は僕は、Nさんの二つの瞳に映る二つの馬鹿な顔と絶対に勝負のつかない三すくみにらめっこをしながら、死にたくなるまで自分の馬鹿な顔を堪能し続けられたことを、世の中に感謝しないといけないのかもしれない。

 僕らは、Nさんが済んでいるアパートへと向かった。血塗れのまま喫茶店にいると、店に迷惑をかけてしまうかもしれないし、Nさんの言っていることを確かめなくてはいけないような気がしたからだ。もしかしたら僕らの境遇には、何か似ているものがあるのかもしれない。雨は人を別れさせ、また出会わせる。

 さしてぼろくもないが決して新しくもない当たり障りのないアパートの階段をのぼると、Nさんは表札の出ていない部屋に鍵を差し込んで回す。

 「散らかってて、ごめんね」

 と言ってドアを開ける。雨は先ほどよりさらに勢いを増し、まるで夜中のように暗いので、部屋の中は良く見えなかったのだが、何だか雨漏りしているような音が聞こえることに気付いた。

 「電気止められちゃっててね」

 とNさんはケリーバッグから出した青色のペンライトを出して僕にわたし、自分はピンク色の同じ型のを出して中に入っていく。土足のままだ。急いで僕も後に続こうとすると、天井から何か生温かい、粘り気のあるものが降ってきて顔にかかる。急いで手の平で拭って見てみると、それは血だった。驚いた僕は懐中電灯を振り回すように床や壁や天井を照らしていく。確かに部屋は散らかっていた。床、壁、天井すべてに血塗れの肉片がこベリついていた。雨漏りだと思った音は、天井の肉片から滲みだした血が床に滴り落ちて、茶色く変色した血痕を上塗りしている音だ。その肉片はまるで息づいているようにわずかに動いている。

 天井ばかり見上げていたので、何か思い物に蹴躓いた。何かが人の形をした物が床にごろりと転がっている。体格から見て男、ちょうどあいつと同じ背格好。しかし、首から先がどこにも見当たらなかった。

 僕は、この異様な光景の中になんの感慨もなく足を踏み入れていくNさんに驚いて、思わずその背中に声をかけた。

 「これって敷金とか大丈夫なの?」

 「大丈夫じゃない」

 彼女は床で痙攣している肉塊を避けながら、奥の部屋へと僕を案内する。いつから出ているのか分からない季節外れの電気こたつを土足で乗り越えて、襖をこじ開けるとそこにそれはあった。

 「あ、久しぶり」

 「話しかけても無駄」

 確かに話しかけに答えそうには思えなかった。そこにあったのは、もともとあいつであった物でしかなく、とてもあいつとは言えない物だった。胴体からは何本もの手足が球根から根や茎が生えるように野放図に伸びており、関節の部分でまた何股にも枝分かれしている。その先端で手のひらから何十本もの指が生えているのは、他の惑星系に生える不思議な植物の巨大な胞子嚢にも見える。僕は週刊的に最初に見つけた顔に話しかけていたが、良く見るとそれは目が一つしかない不完全な顔で、唇のないただの穴のような口からごぼごぼと薄黄色の粘液を吐きだしている。それ以外にもいくつか顔らしきものが生えているが、どれも何かが足らなかったり多すぎたりしているし、目からは人間の意思が感じられず、口から発せられる音も、

 「で闘 痛  来 とけ  今 楽死   苦戸 しさ  留  かくる悪糸 だくだく   じゃす   けとにする   だだだ だから   い いやだよ   帰るか  お おれも   オイ どこへ 行く?」

 と意味不明だ。

 「最初はただのいぼだったの」

 Nさんがそれから目を離さずに話しはじめる。

 「湿気の多い時期には増えるんだって、あの人も言ってた。最初の何年かはそれですんでたの。でも今年、あの人は何だか体中に傷を作ってて。分けを聞いても話してくれなくて。実は夜、いぼを自分で切ってたの。今年は特に雨続きで、湿気が多かったからなのかも。でも、そのうちにどうしようもなくなっていって。いぼが大きくなって、それ自体が意思を持ち始めて。反対にあの人の意思はどんどん薄くなっていって、体がコントロールできなくなって、最後にはもう、とてもあの人とは言えなくなってしまったから、まだあの人が残っていたときに約束したように、あたしの手で……」

 Nさんが涙ながらに語るのを聞きながら、僕は自分の勘違いを恥じた。僕は、水で増える、と聞いて、てっきり水で増えるわかめのようなものを想像していたのだが、現実はむしろ昔あった映画の『グレムリン』に似ていた。

 Nさんは震えながら、自分の手で恋人を始末した後も、事態が一向に好転しなかったことについて話し続けた。首を落としても落としても、新しい首もどきが次々と生えてきて、言葉にならない音を垂れ流し続け、腕や指の塊りが死体から這い出して、部屋中をのたうちまわった。それを一つ一つ退治していく日々。僕はNさんの肩を抱きしめて、一人で頑張り続けてきたNさんに、もう一人ではないことを教えてあげようとした。Nさんは僕の胸に顔を押し付けて、少しずつ呼吸を落ちつけていく。

 Nさんが僕の腕を取って、別の部屋へと導く。そこでは血塗れのダブルベッドの横にテントが張ってある。その中が今のNさんの寝どこだ。中に入るとアウトドア用の簡単な調理器具と寝袋、携帯テレビ、そして可愛らしいもふもふの僕が名前を知らないキャラクターのぬいぐるみがあった。それにも少し血が付いているが、丁寧に拭われている。

 中に入って座って、二人でお茶を飲む。飲み終わって一息ついたころ、Nさんが僕の顔を覗き込んで、

 「血が付いてる」

 と言った。僕は慌てて顔をぬぐおうとするが、Nさんは僕の手を取ってそれを止め、

 「擦っちゃだめ」

 僕の顔に顔を近づけて、

 「擦っても取れない」

 僕の額にこべりついた血を舐めとりはじめた。両手でがっちりと僕の顔を固定して、隅から隅までねぶっていく。僕は目をつぶってされるがままにしておく。僕の鼻先がNさんの襟ぐりに触れる。雨の臭いがした。わたしはNさんの首筋に顔をうずめて、その匂いを思い切り吸い込んだ。髪を口に含んで、雨水を喉に流し込む。服を唇でついばんで、歯で絞るように雨水を吸い取る。Nさんは体中雨でびしょぬれで、体中から雨水を滴らせていた。だから僕も体中から雨水を絞り取っていかなくてはいけなかった。Nさんは次第に汗ばみ、冷たい雨の臭い以外の、熱を帯びた匂いが肌から立ち上りはじめていた。

 「血にまみれたあなたが好きになったの。だから、いつも血にまみれていてくれる?」

 Nさんが僕に訊いた。

 「じゃあ、君はいつでも雨に濡れていてくれる?」

 僕が訊き返す。

 その日は暗闇の中で愛しあい続けた。雨は来る日も来る日も振り続け、昼も夜も分かつことはできなかった。結局何日の間、僕らがテントの中にいたのかは分からない。僕らがテントから顔を出したとき、僕らの新しい日常が始まった。

 その日から僕たちの一日は、増殖する肉片を包丁や鉈で退治し、部屋に侵入しようとする大量の雨を押しとどめることに費やされた。テレビはすぐに映らなくなり、外の世界とは断絶してしまった。起きてはそれなりに忙しく立ち働き、寝ては二人で愛しあう生活をしばらくして、とうとう保存食の蓄えが尽きた。雨は一向にやむ気配を見せない。窓から外の様子を見ようとしても、何もかもが輪郭を失ってしまい皆目分からない。出ていこうにも、まともな服がないし。と、いろいろ理由を並べてみた物の、要は実はそもそも僕は外に出る気なんかないのかもしれない。

 部屋の中のすべての者が湿気でふやけていき、輪郭をあやふやにしはじめる。そのせいか、すべての物からあいつの断片が生えはじめ、引っこ抜いても残った根からまた生えて増えるばかりだ。次第にあいつとあいつでないものとが区別できなくなっていき、生物と非生物との境界が侵犯されるように、すべての物体がうごめきはじめる。

 ある日Nさんが食事として、その日二人でばらばらに分解したあいつ破片を生のまま出した。僕はさすがに躊躇したのだが、Nさんは何ということもなく素手で肉塊を口に持っていき噛み切っていく。舌や歯を使ってまるで愛撫するように咀嚼していく。喉を通るそれが愛しくてたまらない様子だ。僕はそれに少し嫉妬する。自分の感情に気付いた僕は、溜息をついて少し笑う。とっくの昔に向こう側に行っていたと思っていたのに、まだまだこんなにも自分は人間だったかと、自嘲だがなんだかよく分からない気分が一気に去来したのだ。

 「なに馬鹿みたいな顔してんの?」

 良く考えたら人に言われるのは初めてだ。僕は、

 「馬鹿だからじゃないか?」

 とだけ答えて、足の甲に手の指が生えたような物に勢いよくかぶりついた。口の中で肉片がうごめくのを無理に飲み下す。腹の中でも異物感は消えず、ありきたりだが「妊娠」という言葉が思い浮かぶ。その異物感が少しずつ広がっていき、体中に行きわたるような気がして、僕はそれを振り払うため、もしくは素知らぬふりをするために、一心不乱に食事に専念する。肉に夢中になっていると、急に頬に手を添えられて、口の周りを舐められる。

 「汚れてたから」

 とNさん。そのまま口の中に舌を入れられて、こちらの下の裏側まで隈なく掃除される。僕はNさんの舌を噛み切って呑みこんでしまう誘惑に耐えきれなくなりそうになって、

 「水、飲んでくる」

 と言って、手探りでテントから這い出た。ぴちょん、と音がして、雨漏りの水を溜めておくたらいの場所を暗闇の中で教えてくれる。いつの間にか視覚以外の何かに頼って、闇の中を障害物を避けながら歩くことができるようになっていた。水場まで行って、手で水を掬って飲もうとすると、何か違和感があることに気付いた。何だろう。僕はたらいに溜まった雨水を覗き込んだ。かすかな光により、水面におぼろげな顔が映り、ときどき落ちてきた水滴による波紋がそれをかき乱す。僕はその顔に見覚えがあった。それは彼女の顔だった。雨に溶けて、川に集まり、海へ至ってもう一度雲になる。そして僕のところに帰ってきてくれたのだ。僕はあの人同じ、彼女の寂しそうな、悲しそうな、そしてすまなそうな顔に今度こそ答えてやらなければと思い、水がたんまり入ってかなり重いたらいを全力で持ち上げて、それを残らず飲み干そうと少しずつ傾けていった。

 ごきゅっ ごきゅっ ごきゅっ

 帰りが遅いのを心配したNさんが、その姿を見て思わず

 「ちょ、それ全部飲む気?」

 といつもののんびりな声と打って変わった慌てた声を上げる。なお大量の水を一気に飲む行為は体内のナトリウム濃度の低下により水中毒を起こす危険があり、実際2007年1月12日にカリフォルニア州サクラメントで行われたラジオ局主催のトイレに行かずにどれだけ水を飲み続けられるかの大会において7.6リットルの水を飲んだ女性が翌日死亡している。決して真似をしないように。さすがの僕も途中で胃が破裂しそうになり、内臓がぐるぐる回るような感じで強烈な吐き気を感じ、全身に冷や汗をかいて、ぶっ倒れそうになったが、最後の一滴まで責任もって飲み干した。やり遂げた、という解放感を感じたのと同時に体中の力が抜け、膝から崩れ落ちそうになる。ああ、このままだと床に顔打ち付けて歯折るな、と割と冷静に考えていたところを、Nさんが支えてくれる。そのとき僕は、彼女を体内に取り込んだことにより、始めてNさんを心の底から愛しいと感じることが出来た。そしてはじめて僕の方から彼女にキスをしたとき、胃の内容物がすべて逆流を始めた。

 ごきゅっ ごきゅっ ごきゅっ

 これは僕の喉を薄められた胃液が逆流する音であると同時に、僕から口移しされた大量の雨水をNさんが喉を鳴らして飲み下す音でもある。大量の液体は唇と唇の隙間から溢れだし、抱き合った二人の体を濡らしていく。その僅かな粘性のある液体により二人の体はますます密着していくようだ。喉を大量の液体が通る苦しさと愛の熱い法悦により目をつぶった二人の瞼からは幾滴もの涙があふれ、二人の顔を濡らす。もうこの世界に濡れていない物など無いのだ。体液交換の儀式が終わった後、二人が顔を話すとその間をきらきらした掛け橋がつなぐ。これで僕はあいつになり、Nさんは彼女になった。二人の間には何の壁もなく、ただ原形質の不気味な塊りになって、なんのさかい目もない存在になるのを待つばかりだ。

 「もうあなたから離れない」

 Nさんが、そして彼女が言う。

 「あなたも何か誓って」

 彼女の願いに答えて僕は誓う。

 「もう勢いと思いつきだけで小説を書くのはやめるよ」

 「執筆は計画的に。約束ね」

 「ああ、約束だ」

 そのとき、ぎしぎしと家がなっていることに僕は気付いた。屋根が、天井が、柱が、すべてが軋みを上げているのだ。窓ガラスが割れる音がする。荒々しい流れがこの部屋の周囲のすべてを洗い流していく。そして壁が歪みはじめる。

 浸透圧が狂っってしまったかのように、部屋の中のすべての物から水分が絞りだされる。体中の水素結合という水素結合がそれの到来の予感に耐えきれずに叫びはじめる。

 水だ。

 水が来るのだ。

解説

収集がつかなくなって、失敗作だなあと思って無理やり終わらせたのに、「これを読んで泣いた」という人物が現れて、私の頭はかなり混乱することになる。

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