淡中 圏の脳髄(永遠に工事中)

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不在

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不在

 朝、部屋全体がどうもおかしな感じだ。何か異常なことが起こっている感じだ。すると、窓が叩き割られている。となると泥棒が入ったことになるのだが、一見部屋の家具に何の異常も見られない。何かなくなっているわけでもないし、大体荒らされた形跡がない。だが、かといって、何も盗まれていないとは限らない。部屋が荒らされていないということは、最初からそれがどこにあるか分かっていたからかもしれない。計画的犯行。しかしその盗まれたものとは何だ。それがわからないことには話が始まらない。目に見えるものは、何もなくなっていないようだ。しかし、確かに何かがなくなっているようでもある。何かなくてはいけないものが、ないはずがないものが。では目に見えないものが盗まれたのであろうか。目に見えないものとはなんだろうか。それはとても大切なものかも知れない。それがなくてはそもそも話が始まらないようなもの。それはおそらく普段意識されることのないものだろう。灯台もと暗し、身近すぎてよく見えないものというのがあるものだ。それはこの朝この部屋の中にあるはずだったもので、家具でもないし、家具の中に入っていたものでもないし、何か机の上とかにおいてある、小物や紙、コンピュータや電子媒体の類でもない。そういうものはみな揃っている。しかしそのあるものが欠けているために、この朝、この部屋には何も起こっていないのだ。このさまざまなものに作用してさまざまな事を起こさせるものが欠けているために。そして、どうしてベッドは空なのだろう。ここに寝ていた人が起きてしまったからだろうか。しかし、日が昇り部屋から闇の帳が振り払われたときにはこのベッドはすでに空だったのでは? ここで寝ていた人物はどこに行ってしまったのか。それは誰だったのか。

 そのとおり、盗まれたのは「私」だったのだ。何者かが窓を叩き割って、部屋に忍び込み、「私」を盗んでいってしまったのだ。だからこの部屋では朝になっても何も起こらなかったのだ。

 だが、いまさら慌てても無駄だ。今となってはどうすることもできない。何ができる? 警察に電話? 誰が電話する? ここに電話ができるような「私」はいない。泥棒を追いかける? 誰が追いかけるの? 「私」もいないのに? 何か考える? 考えることも、思うことも、いまやできない。大体慌てることすら不可能だ。すべてが後の祭り、何もかもがもうすでに終わってしまっているのだ。話は永遠に始まらない。

 窓の割れ目から風が舞い込み、カーテンがひらめく。時どきカーテンが大きく揺れると、数瞬光が隙間から差し込んで、ガラスの破片をきらめかせる。静かだ。

解説

小説から一人称を排除するってこのころから始めてたんだなあ、と読み直して感慨に耽る。

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