消しゴム
「隊長、みてください!」
「なんや?」
「ほら、あれ」
「おわ、なんやあれ!? なんや……真っ黒いのが広がっとるやん!」
「3丁目のあたりはもうすっかり飲み込まれてますね。黒い霧とかではなく、空間自体が変色しているように見えます」
「何が起こってるんや一体」
「あそこらへんに、小学校があるんで、息子に聞いてみます」
「息子さんは大丈夫なんか? 心配ちゃうん?」
「ええ、だから確認も兼ねて。あ、もしもし。大丈夫か? 真っ暗で何も見えない? とにかくそこから離れて家に帰ったほうがいい。 え? 授業? いいよ、こんな時に。父さんが許すから」
「ずいぶん呑気やな」
「うん。ああ、そうなの。そうか。なるほどな。まあ、そういうのは人それぞれだからな。友達は友達、自分は自分だ。いつも言ってるだろ?」
「何の話しとるんや……」
「そうか、わかった。相談してみるよ。隊長!」
「わ、なんや、急に?」
「ちょっと学校に届けたいものがあるのですが……」
「何やねん、こんなときに。許可できるわけがないやん。大体原因もわからんのに、危険すぎるわ」
「それが原因がわかったんですよ」
「え、ほんま? なんやの一体」
「息子の隣の席の子が、裕二君というんですが」
「へえ」
「その裕二君は、なかなか頑固で、一度こうと決めたらなかなか変えないらしくて」
「そうなんや」
「それで今日は間違えた文字を消そうと懸命に消しゴムでノートを擦っていたんだそうです。ところがその消しゴムがキャラ消しらしくて」
「俺ん頃はキン肉マンの消しゴムが流行ってたね」
「ああいうのは消えないでしょう」
「ああ、まあ、消しゴムとして使うもんではあんまりないもんな」
「それで頑張って消しても、紙に黒い染みが広がるばかり」
「あるある」
「それでも裕二君は諦めないわけです」
「なるほどなあ」
「それで紙が破れて」
「それもあるあるやな」
「そしてそれでも消そうとするものだから、紙の破れたところから、黒い染みが空間に広がってしまったわけです」
「そうはならんやろ」
「いや、それがなってしまっているわけです。裕二君というのはそれくらい根性のある子なわけです。息子も感心してました」
「君の息子もなかなかの理解力やね」
「で、息子が言うには、新品の消しゴムなら裕二君も納得してくれるかも、ということなんです。だから僕がこの未使用のMONO消しゴムを持って学校まで行こう、と言うわけです」
「正気か?」
「そこは、本気か、と聞いてください」
「止めても無駄、というわけやな」
「ここでいかなくちゃ、僕はこのバッジを隊長に返さなくちゃいけなくなりますよ」
「わかったわかった、止めへん。奥さんに伝えといたほうがええこととかあるか?」
「そうですね。もし僕が帰らなかったら、あの時はすまなかった、君の疑いは事実だ、と言っておいてください」
「なんやそれ? それ、帰って来れたら言わんほうがええ話か?」
「では!」
「ちょ、ちょい待ち! ああ、いってもうた……」
こうしてしばらく世界は大量の消しカスだらけになったという。