淡中 圏の脳髄(永遠に工事中)

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Πάντα ῥεῖ

名前

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名前

 むかしむかし、鈴木道隆という名前の山本正志がいた。あだ名は大森信子だったのだが、たいがいみんなは安藤薫と呼んでいた。ただ、裏業界ではケツネコロッケのお銀という方が通りが良かったし、さらに三種類のペンネームを使って、隻手隻眼の剣豪を描いた時代小説とアメリカで日本人労働者が活躍するユーモア小説と都市の風俗を書き込んだ犯罪実録小説を書いたりしていたらしいし、またネット上でのハンドルネームなどを合わせると、もう数え切れないほどだ。戸籍上の名前も別にあるといううわさもある。

 なぜこれほどの名前を持っているのかというと、それは度を越えた強欲の故であり、そもそもは次のような考えの下、計画的に行われたことの結果である。曰く、何かある物について語ったり考えたりするときには、どうしてもその物の名前が必要である。だからもしあらゆる名前を自分の物にできたなら、あらゆる名前を自分につけることができたなら、どんな人間が何を考えようとしても、何について語ろうとしても、必然的に私のことを考えてしまうことになるだろう。それは事実上世界を征服したも同然ではないか。

 そして計画は着々と実行され、その魔の手は代名詞にまで伸びようとしていた。しかし、好事魔多し、月に叢雲華に風、このころ彼もしくは彼女(このどちらの代名詞もすでにこいつの手に落ちていたのである。もちろん「こいつ」も)にある変化がおきた。人々が自分の噂話をしているような気がし始めたのだ。精神科に相談するとよくある妄想だと言われた。しかし、ああやんぬるかな、それは妄想ではなくまぎれもなく事実であった。その瞬間にも、世界のどこかで誰かが「落合俊夫」のことを悪く言っていた。別の場所では別の誰かが「ジョンソン」のことを口汚く罵っていた。その隣の家では長年使っていた「フォード」の調子が悪いと嘆き、その地球の裏側では「ヤンバルホオヒゲコウモリ」を生物学者が必死で探していた。ある場所では何人もの人間が「二酸化炭素」こそが諸悪の根源だと声を張り上げ、別のどこかでは「炭疽菌」を使って、「アメリカ人」どもを「恐怖」の「どん底」に陥れようと画策し、その隣の部屋では「世界の警察」が「テロリスト」どもの「話」に「耳」を傾けていた。

 彼/女はこうして望みどおり世界中の人たちに呼ばれて、最後には混乱して名前もろともばらばらに裂けてしまった。

 自業自得なので、誰も悲しまなかった。

解説

ルイス・キャロルとか好きなので、油断するとこういうのを何度も何度も書いちゃう

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